東京高等裁判所 昭和44年(行ケ)80号 判決
原告
メタル・クロージュアーズ・リミテッド
右代表者
ウイリアム・ロバート・ギャンブル
右訴訟代理人弁護士
湯浅恭三
外七名
被告
特許庁長官
三宅幸夫
右指定代理人
中田勝次
外一名
被告補助参加人
株式会社柴崎製作所
右代表者
柴崎清
右訴訟代理人弁理士
志賀正武
主文
特許庁が、昭和四四年三月一七日、同庁昭和三九年審判第五、〇九七号事件についてした審決を取消す。
訴訟費用は、被告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、被告指定代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。
第二 請求の原因
原告訴訟代理人は、請求の原因として、次のとおり陳述した。
一 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和三八年四月二七日、特許庁に対し、名称を「容器を密封する方法」とする発明について、一九六二年四月二七日英国においてした特許出願に基づく優先権を主張して、特許出願をしたところ、昭和三九年五月二七日拒絶査定を受けたので、同年一〇月一三日審判の請求をし、同年審判第五、〇九七号事件として審理された。そして、右特許出願について昭和四二年一一月一四日出願公告されたところろ、株式会社柴崎製作所(被告補助参加人)ら特許異議の申立があり、原告は指定の答弁書提出期間内たる昭和四三年七月一二日に同日付手続補正書を提出した。ところが審理の結果、昭和四四年三月一七日「「本件特許異議の申立は理由があるものとする」旨の特許異議の決定と同時に、前記手続補正書による補正に対し「右手続補正を却下する」旨の補正却下決定及び「本件審判の請求は成り立たない」旨の審決があり、審決謄本は同年四月九日原告に送達された(出訴の附加期間三か月)。
二 補正前の本願発明の特許請求の範囲
外部にねじ部を設けた頸部と、ねじ部と容器の口との間に形成された容器の頸部の側部上の密封面とを有する容器を密封する方法であつて、上部および裾部を有する封じ素材にして、その上部の内面が流しこまれたガスケット材料の非常に薄い層によりおおわれて、この流しこまれたガスケット材料が上部と裾部間の角隅部にて厚味を増した環状部を形成し、かつこの環状部の平均内径が容器の頸部の前記側部密封面の外径よりも小さくしてある封じ素材を容器の口をおおうようにして容器上に配置することと、封じ素材を容器の上部にたいし押圧することと、この押圧状態を保持しながら、まつすぐな円筒形の内部咽喉部をそなえて下向きに動くことのできる工具により、ガスケット材料の厚味を増した環状部の半径方向に外方の位置であつてかつねじ部の上方であつて側部密封面に揃つた個所で封じ素材の裾部の直径を縮少して、側部密封面と裾部のこの直径を減少した部分との間でガスケット材料を圧縮することと、裾部を内側に変形して裾部にねじ部を形成することを含む容器密封方法(別紙図面参照)。
三 本件補正却下決定の理由の要旨
昭和四三年七月一二日付手続補正書による補正内容は、前項記載の特許請求の範囲のうち、(1)「上部および裾部を有する封じ素材」とあるのを「上部およびまつすぐな円筒形裾部を有する封じ素材」と捕正し、(2)「…側部密封面に揃つた個所で封じ素材の裾部の直径を縮少して」とあるのを「…側部密封面に揃つた個所で、まつすぐな円筒形の裾部上端部を絞るように封じ素材の裾部の直径を縮少して」と補正する。というのである。
しかし、右にいう「まつすぐな円筒形裾部」の「まつすぐな」という意味を検討してみると、これを封じ素材の上部から裾部の末端にわたつてまつすぐな意味だとすれば、本願明細書及び図面に屈曲部分6が記載されているため、本願発明を不明瞭にするものであり、あるいは、右屈曲部分6の存在を認めたうえで「まつすぐな」というのであれば、屈曲部分6は「まつすぐな円筒形」のどの部分にどのように存在することまで意味するのかを構成要件として明らかにするのでなければ、不明瞭な限定であつて、やはり、本願発明を不明瞭なものとする補正である。
したがつて、前記(1)及び(2)の補正は、本願発明を不明瞭にするものであつて、特許請求の範囲の減縮とは認められないばかりでなく、誤記の訂正とも明瞭でない記載の釈明とも認められないので、特許法第六四条第一項の規定に違反するものとして、同法第五四条の規定により、これを却下すべきものである。
四 本件審決理由の要点
本願発明の要旨は、第二項記載の、補正前の本願発明の特許請求の範囲記載のとおりの容器を密封する方法にあるものと認められる。
そこで、本願発明と米国特許第二四〇九七八八号明細書(以下「第一引用例」という」記載のものとを対比すると、両者は「外部にねじ部を設けた頸部と、ねじ部と容器の口との間に形成された容器の頸部の側部上の密封面とを有する容器を密封する方法において、上部および裾部を有する封じ素材にしてその上部にガスケット材料の非常に薄い層を形成した封じ素材を容器の口をおおうようにして容器上に配置し、封じ素材を容器の上部にたいし押圧し、この押圧力を保持しながらまつすぐな円筒形の内部に咽喉部をそなえた下向きに働くことのできる工具によりガスケット材料と半径方向に外方にかつねじ部を上方において側部密封面とそろつた個所で封じ素材の裾部の直径を縮少し、側部密封面と裾部のこの直径を減少した部分との間でガスケット材料を圧縮し、つぎに裾部を内側に変形して裾部にねじを形成する」構成において一致し、また、二つの同心配置のほぼ円筒状工具の一方の工具により封じ素材の上部押圧を行ない、これと相対的に垂直運動を起す他の工具により封じ素材の側部押圧を行ない、もつて従来のものよりガスケット材料と容器との密封作用を増大する目的及び効果においても一致している。ただし、(1)第一引用例記載のガスケット材料は固形ライナーで平らであるのに対し、本願発明のガスケット材料は流しこまれたものであつて平らでなく、封じ素材の上部と裾部との間の角隅部に厚みを増した環状部をもつている点と、(2)右環状部の平均内径を容器の頸部の側部密封面の径より小さくしてある点の二点において、両者の構成上の相違点が認められる。
しかし、右相違点(1)については、米国特許第一九五六〇一二号明細書(以下「第三引用例」という)に、この種封じ素材にガスケットを流し込むことが記載されているように、本願出願前公知のことであり、相違点(2)については、米国特許第二四八一一一一号明細書(以下「第二引用例」という)に記載されていて、本願出願前公知のことに属し、そのうえ、第二引用例記載のものは、封じ素材を容器に封ずるための封じ手段が本願発明の封じ手段と異なるとはいえ、封じ素材を容器に封じた状態が前記環状部をもつて容器口の上部と容器頸部の側部との両方を押圧密封する状態にある点で、本願発明の封じ状態を示唆し記載されているのであるから、結局、本願発明は、第一ないし第三引用例記載のものから容易に推考しえた発明であつて、特許法第二九条第二項の規定により、特許を受けることのできないものである。〈後略〉
理由
一本件に関する特許庁における手続の経緯、本件補正却下決定の理由の要旨、本件審決理由の要点及び補正前の本願発明の特許請求の範囲が、いずれも原告主張のとおりであることは、当事者間に争いがなく、また、原告の昭和四三年七月一二日付手続補正書による補正の内容が原告主張のとおりであることも、被告の認めるところである。
二本件補正中、原告主張の(1)の点は、特許請求の範囲の記載のうち、封じ素材の「裾部」につき、これを「まつすぐな円筒形裾部」と訂正しようとしたものであるが、この訂正は、容器を密封する方法について、封じ素材の裾部の形状に何の限定もなかつたので、種々の態様のものを含むと解されるところ、「まつすぐな円筒形の裾部」とその態様を限定したものにほかならず、原告主張の(2)の点は、特許請求の範囲の記載のうち、封じ素材の裾部の直径を縮少するについて、その位置につき「ガスケット材料の厚味を増した環状部の半径方向に外方の位置であつて、かつ、ねじ部の上方であつて、側部密封面に揃つた個所で」とあるほか、さらに、封じ素材について直接、その縮少すべき個所及び態様を、「まつすぐな円筒形裾部の上端部を絞るように」と限定したものにほかならないと解するのが相当である。そして、特許請求の範囲の記載につき、発明の構成要件にこれを限定する条件を付加することは、特許請求の範囲をそれだけ縮少することになるものであるから、右の本件補正(1)及び(2)の点は、いずれも特許請求の範囲の減縮に該当するものというべきである。
本件補正却下決定は、本件補正により、本願発明の特許請求の範囲に右のような限定を付加すると、本願発明を不明瞭にすると説き、また、被告は本訴において、本件補正をもつて不明瞭な記載の釈明とみた旨主張するけれども、出願公告決定謄本送達後の補正である本件の場合において、かりに、特許請求の範囲の減縮の結果、発明の内容が不明瞭になるようなことがあつても、特許法第六四条所定の補正の要件をみたす以上は、特許請求の範囲の減縮としての補正は許容したうえで、発明の詳細な説明及び特許請求の範囲の記載を照合し、もしそれらの記載に同法第三六条第四項または同条第五項の規定に違背するものがあると認められるときは、これを理由に特許出願を拒絶すべきものである。さらにまた、本件補正による特許請求の範囲の減縮をもつて、不明瞭な記載の釈明とみるべきことの根拠については、その補正内容及び成立に争いのない甲第二号証(本願発明の特許出願公告公報)をあわせ検討しても、これを見出すことができない。しかるに、本件補正が本願発明を不明瞭にするとしたうえで、本件補正をもつて特許請求の範囲の減縮と認められないのみならず、誤記の訂正とも不明瞭な記載の釈明とも認められないとして、本件補正を却下すべきものとした本件却下決定は、結局、本件補正をもつて特許請求の範囲の減縮に該るとしてその他の補正要件を審査すべきであつたにかかわらず、これを看過し、特許法第六四条第一項の規定に違反するとして却下したものというべきであるから、その点において違法のものといわなければならない。
三ところで本件補正は出願公告決定後の補正であるところ、本件補正却下決定は前示のとおり特許法第六四条第一項の規定に違反するとした点において違法ではあるが、しかしそれだからといつて直ちに本件補正が許容されるべきものということはできない。けだし、本件補正が特許請求の範囲の減縮として適法か否かは、さらに特許法第六四条第二項の準用する同法第一二六条第二項および第三項の要件をもみたすかどうかを検討して定めなければならないからである。
ところで、特許請求の範囲の減縮である本件補正が、特許請求の範囲を実質上変更するものでないことは、さきに認定した補正の内容に徴して明らかであるといいわけではないが、補正後の本願発明がえな特許出願の際独立して特許を受けることができるものであつたかどうかの点については、別途慎重な審理判断を要する事柄である。そして、かような補正後の本願発明の特許性の有無については、専門行政庁の判断をまたずに直ちに裁判所がこれに立ち入つて審理判断すことは相当でなく、かかる事項については先づ特許庁における判断を先行させ、訴訟においては事後的にその適否を争わしめるべきものと解すべきことは、特許庁における審理手続とこれが訴訟との関係に関する特許庁の規定の趣旨とするところから明らかであるといわなければならない。もつとも本件審決においては、補正前の本願発明につき資料と対比のうえその特許要件の有無を審理判断し結局これを否定しているところではあるが、特許請求の範囲の減縮においては、補正の前後によりその技術的範囲に差異を来しているのであるから、補正前の本願発明の特許性について判断資料とされたものが、直ちに、補正後の本願発明が出願当時において独立して特許を受け得べきものであつたか否かの要件を判断するについての資料として必ずしも適切であるとは限られず、またその判断の結論においても両者必ずしも同一に帰するとは断定し難いところである。したがつて補正前の本願発明の特許性について特許庁の判断があるからといつて、補正後のそれにつき実質上も特許庁の審理判断を経ているものということはできないわけである。
そうだとすると、このような場合には、特許庁の審理手続において再び本件補正につき他の補正要件の有無を審理してその許否を改めて判断し直さしめる必要があり、そしてその判断の帰するところに基づき再度本願発明に対し特許すべきであるか否かについて審決せしめなければならないことになる。これを換言すれば、本件補正却下決定の前記違法は、ここで他の補正要件の有無につき判断するまでもなく、審決の適否に影響を及ぼすものと解すべきであり、審決自体にもこれを取消すべき違法があるということに帰着するといわなければならない。
四、以上のとおりであるから、本件補正却下決定の違法を前提とし、本件審決を違法としてその取消を求める原告の本訴請求は、理由があるものというべきである。よつてこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(青木義人 石沢健 宇野栄一郎)